東京高等裁判所 昭和53年(う)278号 判決
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【判旨】
所論は、要するに、原判決は被告人が自動車を運転し原判示の日時場所において指定最高速度四〇キロメートル毎時を二四キロメートルも超える六四キロメートル毎時の速度で走行させたと認定判示したが、これは取締りに当つた警察官が被告人運転車両とその先行車両とを見誤まつた結果によるものであつて、被告人には右のような事実は存在しないから、原判決には重大な事実の誤認がある、というのである。
そこで原審記録及び当審における事実取調の結果をあわせて検討することとし、まず、本件時における速度違反車取締りの体制並びに被告人検挙の経緯をみるに、これに使用された速度測定機は、通過車両に電波を投射し、通過車両から反射してくる電波の周波数がドツプラー効果により速度に比例した周波数偏移を受けることを利用したレーダースピードメーターの一種である三菱電機株式会社製RSI7AD型であり、右測定機の送受信装置(レーダー)を、原判示の場所の車道と歩道とが接する地点に、田浦方面から浦賀方面に進行する自動車の、同所手前の交差点付近における速度測定ができるように、右車道に対し投射角を一〇度にして設置するとともに、警報設定スイツチを時速五三キロメートルに設定した速度表示装置を右道路端の人家の軒先に置いて、その傍らに測定現認係の警察官大野義昭が位置し、次に、そこから約二〇〇メートル浦賀方面に寄つた歩道上にスピーカーを置くとともに、ここに停止係の警察官高橋六太郎が位置し、さらに同所付近で本件道路の左脇に約三〇メートル入つた地点にある自動車駐車場に記録装置を設置し、記録係の婦人警察官が配置され、交通取締りが行われていたところ、当日の午後三時二〇分ころ右速度表示装置の数字表示管が時速六四キロメートルと表示するとともに、ブザーが鳴動したので、現認係の大野警察官が、付近を走行する自動車のうち該当車と思われる被告人運転の普通乗用自動車横浜五五み五二三九号(以下「被告人車」という。)につきその車種、車体の色、ナンバーを確認し「普通乗用、グレー系の黄緑、五二三九号」と停止係の高橋警察官に通報し、同警察官がその指示に従い同所に向かつて進行してくる右車種、色、番号の被告人車を停止させ、指定最高速度を超える六四キロメートル毎時で走行する速度違反を犯したものとして被告人を検挙したが、右速度測定機によつて違反車両を特定する方法は、取締り実施現場において、あらかじめ送受信装置から投射される電波のビーム巾を確かめておいて、速度表示装置のブザーが鳴つたとき右ビームの照射範囲内を進行中の自動車を現認係の大野警察官が自らの眼で現認することによつて行なわれたものであることが関係各証拠によつて認められる。
そこで右測定現認係の大野警察官が右のようにして違反車両を現認する際、所論主張のように被告人車とその先行車とを見誤まつたものか、それとも速度測定機の表示装置に時速六四キロメートルと表示させた車両が被告人車であるという大野警察官の現認が正確であるといえるのかについて検討するに、まず、被告人は、本件の速度違反によつて検挙された昭和五二年二月七日当日作成された被告人の司報警察員に対する供述調書において、被告人車を運転し、原判示の日時に、同判示道路上を通過した直後、取締り警察官に停止を命ぜられたが、その直前における自車の速度は時速五〇キロメートル位であり、時速六四キロメートルもの高速を出していた事実はない。しかし、自車の一〇メートル位前方を高速度で疾走していつた先行車があつたので、取締り警察官が被告人車とその先行車とを見誤まつたものと思われる旨述べ、その後、検察官に対してもほぼ同旨の供述をし、次いで原審の公判廷においても、右の趣旨の供述を繰り返えし、自車が先行車と誤認された、と強く主張するとともに、先行車は二台あり、いずれも普通車で競走するような格好で速度を早めて行つた旨敷衍し、さらに当審公判廷においても、これまでの供述を維持するとともに、第二通行帯を走行中の自車が原判示場所の交差点に進入する直前には、同通行帯の約一〇メートル前方に一台、さらにその二〇メートルないし三〇メートル前方の第一通行帯に一台の普通乗用自動車がそれぞれ先行しており、それら二台の先行車は右交差点に近付くや、急に速度をあげて走り去つた旨、より詳細に供述し、その供述内容は当初からほゞ一貫している。これに対し、本件の現認警察官である証人大野義昭は、原審第二回公判期日(昭和五二年九月一四日)において、被告人車とその先行車との位置関係につき、「同人が違反車両の取締り中、速度測定機の速度表示装置に時速六四キロメートルと表示され、ブザーが鳴つたとき、すなわち、あらかじめ確認しておいた送受信装置から投射される電波ビーム巾(以下「レーダーの照射範囲」という。)に被告人車が進入したとき、被告人車と同じ第二通行帯を被告人車から約一〇メートル前方に時速四五キロメートル位で進行する乗用車が一台あり、さらに同車から約二五メートル前方には第一、第二両通行帯に各一台宛、いずれも時速四二キロメートル位でほぼ並ぶようにして走行する乗用車が二台、それぞれ進行していた。」と述べたのに、その後の原審第五回公判期日(同年一一月一六日)に至るや、被告人車とその先行車との位置関係につき、「被告人車がレーダーの照射範囲に進入したときの被告人車の直前の先行車が進行していた地点は、同じ第二通行帯ではあるが被告人車から四、五〇メートル前方であり、それよりやや先の第一通行帯にも一台の自動車が進行していた。」と前記第二回公判証言と明らかに異なる供述をするに至つた。そこで当審においては、まず、昭和五三年八月二一日施行した公判期日外の証人尋問で、同証人に対しこの点をただしたところ、同証人は、被告人車がレーダーの照射範囲に進入したときの被告人車に先行する車両の状況については、前記の原審第五回公判期日における同証人の証言と同旨の供述を繰り返えしたが、この供述と食い違う同証人の前記原審第二回公判期日における証言の内容については全然記憶していない旨答え、このように原審公判廷において前後矛盾する供述をするに至つた理由について尋問されても、満足に答えることができなかつた。また、当裁判所が更に実施した同年一一月一〇日の公判期日外の証人尋問においては、同証人は、被告人車とその先行車両との位置関係につき、当審における前回の証言を維持するとともに、原審第五回公判期日以来の同証人の供述と原審第二回公判期日における証言内容とがそごを生ずるに至つた理由について説明し、右原審第二回公判において被告人車とその直前車との間の車間距離として述べた約一〇メートルというのは、被告人車の直前車とその前車との間の車間距離と取り違えて供述したものであり、また、原審第二回公判において被告人車の直前車とその前車との車間距離を二五メートル位と述べたのは、四、五〇メートルあつたのを誤まつて供述したものであるなどと、いかにも唐突な証言の訂正を行なつた。以上の証人大野義昭の原審及び当審を通じて四回にわたる各証言内容及びその変遷の態様に、当審において取調べた奥田明徳の検察官に対する供述調書添付の別紙図表に本件現場道路の条件をあてはめて算出したレーダーの照射範囲が三五メートル前後である事実をあわせて、考察すると、当審における二回目の公判期日外証人尋問における同証人の供述訂正理由に関する前記説明は到底首肯し難く、むしろ、同証人は、一旦原審第二回公判期日において「車間距離が三メートルあれば測定可能である、従つて前車との間隔が一〇メートルもあつた本件にあつては測定に誤まりはない。」と供述したが、そのレーダーの照射範囲がそのように狭いものではないことを知るや、これに被告人車と先行車との間隔をあわせるべく、原審第五回公判期日では急遽「被告人車とその直前車との車間距離は四、五〇メートルあつた。」と前回の証言を訂正するに至つたのではないかとの疑いが濃い。それ故、同証人の原審における二回の証言を対比、検討すれば、本件時に時間的に最も接着し、かつ被告人の前記供述内容ともかなり近似する原審第二回公判期日における証言が却つて真実を述べているものと認められる。そこで、大野証人の右供述に基づいて、本件違反車両を見誤まつた可能性の有無につき検討すると、被告人車がレーダーの照射範囲内に進入したとき、被告人車の前方約三五メートル以内に三台の自動車が進行していたこととなつて、本件速度測定機の機能上、速度表示装置に表示された速度の車両の特定が困難となり、右車両と他の車両との間に誤認の危険があつたと認めざるをえないばかりでなく、これによると、被告人車の約一〇メートル前方を走行する直前者の速度が時速約四五キロメートルであつたというのであるから、仮りにその時の被告人車の速度が時速六四キロメートルであつたとすると、その秒速は17.78メートルになるから、時速四五キロメートル、秒速12.50メートルの直前車を追尾すれば、その車間距離は約一〇メートルであるから僅か二秒足らずで直前車に追突してしまうことになり、被告人においてかくまで危険極まる運転をしたとは考え難いから、被告人車が時速六四キロメートルで走行していたことも疑問になり、大野証人が被告人車をその先行車と誤認したと疑う余地も十分にある。
その他、記録を精査しても、被告人が自動車を運転し、原判示の日時に、その道路を時速六四キロメートルで走行したとの本件公訴事実を証するに足りる証拠は見当らないばかりでなく、前記のとおり、被告人は指定最高速度を時速一〇キロメートル超える時速五〇キロメートルで進行していたことを自認しているのであるが、これを補強する証拠が他に存在しない以上、本件においては、被告人が自認する部分を含めて証明不十分といわなければならない。しかるに、原判決が、時速六四キロメートルで自動車を運転した証明があるとして被告人を有罪と認定したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認を犯したものというべきであるから、論旨は理由がある。
(四ツ谷巖 杉浦龍二郎 阿蘇成人)